Jekyll&&Hyde

昨日は晴れ、今日は朝。

人生の鱗 其の二十三 ー向こうから来る幸福ー

 中世ヨーロッパの小話にこのようなものがある。
・・・あるとき研究熱心な若い僧侶が太陽を観察していると、太陽の表面になにやら黒い点が見える。そこでその若い僧侶は権威のある年取った僧侶のところに行ってこう言った。

 「先生。太陽を観測しますと黒い点が見えるのですが、あの黒い点はなんでしょうか?」

 これを聞いた僧侶は「ちょっと待ってくれ」と言って教会の中に入り、暫くして出てきて次のように言った。
アリストテレス書物を見たところ、太陽に黒い点があるということは書いていなかった。したがってその黒い点とやらは、君の目のシミだろう。」

 太陽の黒点を最初に発見したのはこの若い僧侶かも知れないが、そんな発見をも打ち消すだけの権威がアリストテレスにはあったのである。そのアリストテレス、実に1000年以上にわたって「真実」を決めてきた人、その人にもわからないことがあった。

 それは、
「無限、因果、矛盾」
だった。

 私たちが平穏で日常的な生活をしている時にはこの3つの疑問にはほとんどぶつからない。でも、「宇宙のはずれはどうなっているのだろうか?(無限)」「なぜ、私の郷里は名古屋なのだろうか?(因果)」「憎まれっ子が世にはばかるのは不平等だ(矛盾)」などと考える時、突然、アリストテレスの難問に遭遇する。

 あの頭脳明晰なアリストテレスが考えに考えてもわからないことがこの社会にはある。それは人間の脳の容積が1500ミリリットルしかないし、この世のことが人間の頭脳の容積に合わせて作られているわけでもない。だから、当然、人間が理解できないことがあるのだ。

 私は「人間には考えることのできる限界がある」という信念のもとに生きている。そしてその中でももっとも難解なものが「人生の目的」である。「人生の目的」について古今東西、偉人、学者、哲学、宗教、文学、そして最近ではテレビのコメンテーターまでが人生の目的について解説をしている。

 でも、今まで人生の目的について、もしかするとそれではないかと思われる答えを出したのは、お釈迦様、イエス・キリスト、そしてマホメットの3人だけである。

 だから、この難解な問題の答えが欲しければ、3人の教えを学べばそれがもっとも手っ取り早い。でも3人とも宗教の教祖なので、どうも宗教を信じるのは抵抗があるという人はどうすれば良いのだろうか?

 受験勉強に追われている高校生に「なんでそんなに頑張っているのですか?」と聞くと、「良い大学に入りたいから」と言うだろう。そして「良い大学に入れば大きな会社に勤めることができるから」と続く。大きな会社に入り、組織の中でどのような仕事が待っているかを考えている訳ではない。

 どんな仕事も生活も、よくよく考えてみると何か変わるわけではない。人間は呼吸し、食事を取り、睡眠し、そして働く。人は一日14時間ぐらいしか働けないし、能力が違うと言ってもそれほど違うわけではない。いくら松坂が速い球を投げるといってもせいぜい、素人の2倍である。

 働く時間が2倍、能力が2倍程度しか違わないから、4倍しか違わない。そしてお米にしてもテレビにしても、人が働いて作る。その作ったものを分け合うのだから、一番少ない収入の人と一番多い人の差は4倍以上離れてはいけない。

 つまり年収で250万円から1000万円の間に日本人の全員が入らなければならない。それでこそ「同胞」と呼ぶことができる。人間は巧みなシステムを作ったり、ズルをすれば多くを儲けることができる。でもそれは他人が働いた分をかすめ取る行為だから立派な魂が選択することではない。

 そうするとお釈迦様が繰り返し言っておられるように「人生は中庸」である。人生が中庸ということは「人生に目的は無い」ということでもある。ほどほどの生活こそ幸せを呼ぶ。それはすでにこの難問の一つの解答なのである。

 私はかなり若い頃から「目的」「目標」を置かないことにしている。目的や目標を置くと「中庸」だから何となく毎日に張り合いが無い。私の性格では何か頑張っている方が楽しい。だから本来は「目標」が要る。でも、目標を置くと矛盾が拡大する。

 そこで、私は「毎日を精一杯」という「やり方」に答えを求めた。毎日、精一杯やるが、その内容は問わない。強いて言えば「あまり自分の得になることはしない」ということだ。(「自分が損をすることはしない」ではないことに注意。普通と逆だからもう一度、読んで欲しい。)

 最近、2, 3人の人と仕事に出かけた。その仕事は私にとってほとんど「得」にはならない仕事だった。でも私は誠心誠意、頭を下げ、お願いした。その様子を見て同行した人はこう言った。
 「武田先生は珍しい人ですね。自分の得にならないのによく頭を下げられますね」

 自分の得になるように頑張ると収入が増えてしまう。そうすると満足も得られないし、不幸にもなる。でも、得にしようと考えずに毎日を精一杯送ると、自分は満足するし、私に依頼された人は喜ぶ。八方、丸く収まるのだ。

 この話をすると私の学生は、
「また、先生のDedicationか」
と、うんざりする。Dedicationとは「献身」という意味だが、仕事に家族に友人に、そして社会に献身すれば幸福は「向こうから来てくれる」。

おわり