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Jekyll&&Hyde

昨日は晴れ、今日は朝。

誰でも儲かるお金の話 データ編(5) ― お米の値段と小学校の先生の初任給 ―

武田邦彦先生


 お金を理解するために、まず消費者物価についてデータを示しながら話を始めました。そして消費者物価を決める一つの原因として原油の価格があることを先回、示しました。

 今回は全く別の視点から、日本人が生きていくのに必要なもの、お米の値段に注目してみました。お米というのは、言うまでもなく日本人が生きていく上で無くてはならないものですから、白米の値段、例えば10キロの袋に入った白米の値段は日本人の生活そのものの価格を表すと言っても過言ではないでしょう。

 つまり、「白米の値段」は「お米を作るためのコスト」というよりもむしろ日本人が生きていくための値段とも言えるわけです。例えば日本人の賃金が上がると白米の値段は経済的理由で上がるでしょうし、逆に日本人の賃金が下がれば白米の値段は無理矢理にでも下げなければならないからです。

 つまり、原油の価格はアラブの思惑で決まり、白米の値段は生きることで決まると言うことですから、「消費者物価」というものは作るためにいくらかかったかだけではなく、別の力が働くということも教えてくれます。

 さて、それでは白米はどういう変化をしてきたのでしょうか。この変化を江戸時代から明治に変わった明治維新、つまり1860年代から1980年までの120年間という長い期間をとって調べました。

 まず下のグラフは「差のグラフ」ですが、1940年、つまり太平洋戦争が始まる前まで「差のグラフ」では白米の値段も小学校の先生の初任給もゼロを這っています。



 ここで小学校の先生の初任給を白米の値段と比較しながらグラフを作ったのは、小学校の先生も日本人ですからお米を食べて生きているわけであり、小学校の先生の初任給とお米の値段の変化はあまり変わらないはずだということを検証しながら進むためです。

 戦後、お米の値段はどんどん上がって1970年には10キロのお米は1500円になり、その時の小学校の先生の初任給が3万2千円でした。その後、石油ショックが起こり物価が高騰しますが、それと共に給料も上がって、お米の値上がりと小学校の先生の初任給の上がり方の線は重なっています。

 そして1980年には、お米は10キロ当たり3200円となり、小学校の先生の初任給が10万2千円となります。

 でも、このような長い期間のものになると「差のグラフ」では期間全体にわたる変化がわからないので、次に同じものを「比のグラフ」で示します。



 比のグラフでは、明治維新から1980年までの約120年間の様子がよくわかります。

 まず、太平洋戦争直後の超インフレ時代を除くと、明治維新から太平洋戦争が起こるまで、そして太平洋戦争が終わって一段落してからの30年、この二つの期間は日本社会も世界の情勢も全く違うにもかかわらず、お米の値段と小学校の先生の初任給は、ほとんど同じ傾きで変わってきたということがわかります。

 この間、一年間にどの程度の比率で変わってきたかをグラフで「比を示す線」を示しました。白米のほうは1.043, つまり一年に価格が4.3%だけ上がっていく線です。そして小学校の先生の初任給の方は1.076倍ラインで、こちらは1年に7.6%だけ上がっていったことを示しています。

 前回、消費者物価全体が一年に4.3%上がっていることを説明しましたが、さすが白米だけ合ってピッタリと4.3%ずつ上がっています。だから、貯金していて利子が4.3%あれば、いつでも同じ生活が出来ることがわかります。

 でも、社会はすこしずつ進歩して生活も楽になっています。白米で言えば昔はエンゲル係数が高く、ご飯を食べることができればそれで満足でしたが、最近では食料もお酒も贅沢になりましたし、テレビや自動車を持つのも当たり前の時代になりました。

 「生活が豊かになる」というのは、給料の上がり方のほうが物価の上がり方より大きいことを意味しています。給料が7.6%, 物価が4.3%ですから、その差額、つまり3.3%は「生活が豊かになる」分であるのです。

 もし、年金や貯金で生活をしている人がいたとします。その人は持っているお金を利子が7.6%のところに預けないと、毎年、少しずつ「貧しい生活」になっていくことがわかります。「そんな利子をつけてくれる銀行はない」と言われるでしょう。そこに、「お金の秘密」と「庶民を考えない経済政策」があるのです。

 物価や年金の基礎的な知識を何回か終わったら、その秘密と政策を理解して、お金を失わないようにする方法に進みたいと思います。

つづく